良心的というのはどう解釈したらいいのかにもよります。
私は基本的に宗教に良心はないと考えています。
まず、現代の新興宗教(創価学会など)は、寄付を集め、立派な建物を建て
その団体にいるトップの人間は、高級車に乗り、美味しいものをたらふく食べています。
かといって昔の浄土宗などはどうかといいますと、
やはりそれぞれの宗教宗派が起こる際に同じ様に寄付やお布施を集め、
今より立派で広大な寺院をあちこちに建てています。
戒名、法号などは、本来仏教の思想にはなく、儒教の思想を取り入れ、
金儲けの道具にしたものが日本の文化として根付いてしまいました。
また、世界の宗教も同じような気がします。
それらをを考えると良心的な宗教はないと言わざるを得ません。
ただ、仏陀、キリストなど、最初に教えを説いた方たちは違うのかもしれません。
彼らの本来の教えを捻じ曲げ、捏造してきた後世の宗教家の権力と金によるものでしょう。
良心的な宗教を強いてあげるならば、自然信仰でしょうね。
建物もない、お金も要らない、必要なのは自分の意思だけ。
また宗教(新興宗教、宗教すべて)を信じるのは、否定もしません。
宗教を信じる方々が心安らぎ安寧であれば、それはそれでいいと思います。