1 体重あたりの酸素消費量と寿命は反比例する
ネズミのように体の小さい動物は寿命が短く、
ゾウのように体の大きな動物は寿命が長いと言われています。
体の小さい動物は、体重あたりの表面積が大きいために体温を失いやすいので、
体温を維持するために食物をたくさん採ります。
体の小さい動物ほど、呼吸や心拍が速く、栄養素や酸素を消費する速度が高いので、
短い時間で擦り切れてしまう、あるいは燃え尽きてしまうと説明されています。
2 ミトコンドリアとは
ヒトや動物の細胞の中で、エネルギーを作り出しているのがミトコンドリア
という細胞内小器官です。
細胞内の発電所にたとえることができます。
ミトコンドリアは、およそ千分の1ミリくらいの大きさの球形あるいは
細長い棒状の粒子で、1個の細胞の中に数百個あります。
ミトコンドリアは、外膜と内膜という2枚の膜によって細胞質から隔てられています。
太古の昔、原始細胞の中に、呼吸能力のある細菌が入り込んで、
共生を始めたのがミトコンドリアの起源であると考えられています。
3 ミトコンドリアの働き
ミトコンドリアは、食べ物から取り出された水素を、呼吸によって
取り入れられた酸素と反応させて、その時に発生するエネルギーを使って
ATP(アデノシン三リン酸)という物質を合成します。
ATPは、神経細胞が興奮したり、筋肉が収縮したり、肝臓が物質を合成したりする時に
消費されます。電気を貯められないのと同じように、
大量のATPを細胞内に貯めておくことはできません。
そこで、ATPの必要量に応じて、ミトコンドリアは水素や酸素を
すみやかに反応させたり、あるいはゆっくり反応させたりして、
呼吸の速度を調節しています。運動をすると呼吸や心拍が激しくなり、
休むと次第におさまります。これはミトコンドリアの活動を反映しているのです。
4 ミトコンドリアの成り立ち
ミトコンドリアを発電所にたとえると、水素と酸素を反応させるエンジンが
「電子伝達系」で、電子伝達系によって駆動される発電機が「ATP合成酵素」です。
エンジンと発電機の設計図は、ミトコンドリアの中のDNAと、
核の中のDNAに分かれて保存されています。
エンジンと発電機の主要な部品の設計図は、ミトコンドリアDNAの中に書かれており、
ミトコンドリア自身の蛋白合成装置によって作られます。
その他の部品の設計図は、核のDNAに書かれており、そこから読み出され、
細胞質の蛋白合成装置によって作られ、ミトコンドリアの中に運ばれてきます。
二つの系統の遺伝子産物が組み合わされ、エンジンと発電機ができあがります。
5 ミトコンドリアの不具合が生じると
例えばスペースシャトルは水素と酸素を爆発的に反応させています。
これに対し、ミトコンドリアは37度という穏和な条件で水素と酸素を反応させています。
上手に反応させているとはいっても、どうしてもミトコンドリアの電子伝達系から
電子が漏れます。電子が酸素に直接わたされてしまうと活性酸素が発生します。
通常でもミトコンドリアは細胞内における活性酸素の主要な発生源になっています。
この活性酸素がミトコンドリアの蛋白質や脂質を攻撃します。
もっと恐ろしいのは、活性酸素がミトコンドリアの設計図である
DNAを攻撃することです。設計図にキズができると、
正しい部品を作ることができなくなり、電子伝達系から
さらに活性酸素が漏れやすくなります。車がポンコツになると、
エンジンから排気ガスがモウモウとでるようなものです。
加齢とともにミトコンドリア遺伝子に変異が蓄積し、
ミトコンドリアからの活性酸素の漏出が増大し、
それが細胞機能に悪影響を与えるという
「老化におけるミトコンドリア遺伝子変異蓄積説」は、多くの観察から支持されています。
6 ミトコンドリアDNAの多型に基づく個人差
ミトコンドリアゲノム(ミトコンドリア遺伝子の一揃い)は母親から
子供へと伝えられます(母性遺伝)。精子が鞭毛を使って泳ぐ時のエネルギーは
ミトコンドリアによって供給されます。受精の時に、精子のミトコンドリアも
卵子の中に入りますが、精子のミトコンドリアは排除され、
卵子のミトコンドリアだけが子供の細胞で働きます。
ミトコンドリアゲノムは16569塩基対からなる環状二重鎖DNAです。
ミトコンドリアゲノムの中には37種類の遺伝子があります。
蛋白の遺伝子が13個、その蛋白遺伝子の情報を翻訳するために必要な
2種類のリボソームRNAと22種類のトランスファーRNAの遺伝子があります。
ミトコンドリアの遺伝子は核の遺伝子よりも約10倍も
進化速度が速いことが知られています。
核のDNAについてヒトとチンパンジーを比べると、
稀にしか相違点が見つかりませんが、ミトコンドリアDNAを調べると、
ヒトとチンパンジーの間で多くの相違点が見つかります。
電子伝達系を構成する蛋白質の76%は核の遺伝子によって規定されており、
その24%がミトコンドリアの遺伝情報に基づいて作られます。
ミトコンドリア遺伝子の進化速度が核遺伝子の10倍速いとすると、
電子伝達系というエンジンについて、ある人ともう一人の人との間の違いを計算すると、
核の設計図の従って作られた部品の相違点が約7カ所であるのに対し、
ミトコンドリアの設計図に従って作られた部品の相違点は24カ所になります。
すなわち、エンジンの性能に対して、ミトコンドリア遺伝子の多型は
核遺伝子の多型よりも約3倍も大きな影響を与えていると推定できます。
7 マラソンに強いミトコンドリア遺伝子型
ミトコンドリアは呼吸によってエネルギーを作り出す発電所ですから、
ミトコンドリア遺伝子のわずかな違いが、運動能力に影響を与えていると予想されます。
マラソン選手や駅伝選手のミトコンドリアDNAを調べさせていただいたところ、
10人中5人に、特別な遺伝子型が見つかったという報告もあります。
この遺伝子型の頻度を日本人1980人について調べると
122人に見つかったそうです(6.2%)。
この遺伝子型が長距離走選手において一般人の15倍の頻度で見つかりましたので、
これがマラソンに強い遺伝子型であると推定しました。
さらに数多くの長距離走選手の協力を得て調査を進めています。
8 長寿に関連するミトコンドリア遺伝子型
高出力型のエンジンではなく、排気ガスの少ない、
耐久性の高いミトコンドリアをもっていると、長生きができるかもしれません。
我々は、11人の百寿者のミトコンドリア遺伝子の全塩基配列を決定し、
それまでに分析を終えていた43人の患者(主として心臓、筋肉、神経の病気の患者)
の全塩基配列と比較しました。その結果、5カ所の塩基の違いが見つかりました。
中でも、ミトコンドリアDNAの5178番目の塩基であるシトシン(C)が
アデニン(A)に置き換わっている多型(Mt5178C→A)が、
百寿者において高い頻度で見つかりました。
この塩基置換によって、電子伝達系への水素の流入路にあたる
NADH脱水素酵素の第2サブユニット(ND2)の237番目のアミノ酸である
ロイシンがメチオニンに置換されます。
日本におけるMt5178A型の頻度は約40%ですが、
37例の百寿者の62%がMt5178A型を持っていました。
大学病院の患者を無作為に抽出して調べると、
Mt5178A型を持っている人はMt5178C型を持っている人に比べて、
成人発症性疾患に罹りにくいことがわかりました。
簡単ですが、ご参考までに。