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広島カープは市民球団。
って本当ですか?
市民税で成り立ってるの?
市民の負担が大変では?

  • 質問者:匿名
  • 質問日時:2009-12-06 03:06:41
  • 2

親会社を持たない市民球団として結成されたという、他の球団と比較して特異の歴史を有する(マツダはカープと関連してはいるが会社としての球団への経営参加はしていない)。現在は松田家による同族経営となっている。

カープは当初、広島県、広島市、呉市、中国新聞、日本専売公社(広島市に主力工場があった)、広島電鉄、東洋工業などの広島政財界の出資で設立された。
運営資金が極めて少なく、1951年には早くも解散ないしは大洋ホエールズとの合併が検討されたが市民の猛反対に遭っている。この経験から「樽募金」と呼ばれる、ファンによる運営資金募集活動が起り1960年代まで続いたそうです
この事から市民球団と言われていると思います。

1968年に東洋工業(現・マツダ)が筆頭株主となり球団名を現在の広島東洋カープに改称しています。
ウィキを見ていただければ載っています。
ウィキから抜粋
h ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%B3%B6%E6%9D%B1%E6%B4%8B%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%97

他球団のように親会社と言うのがないです。
例えば巨人は読売新聞、ヤクルトはヤクルトのようにです。
マツダが親会社でなくスポンサーなので他球団のように親会社からの資金援助があまりもらえないという所でしょう。

球団が税金で運営されているわけではないです。

===補足===
ウィキ情報追加です
1960年代後半、東洋工業は創業家の松田家と共同で運営会社を全面買収したが、これには出資者間の主導権争いを収拾しチームの運営を安定させる意図があったといわれ、東洋工業はあくまでもスポンサーの立場にとどまり球団経営への介入を控えた。
1970年代後半に松田家がマツダの経営から離れ、さらにマツダがフォード・モーター傘下に入った1980年代以降も変わっていない。ただし現在もマツダは株を保有し、運営会社はマツダグループに名を連ねている。
実質的にオーナー会社ではなくなった現在でも、チーム運営に多大な貢献があったことを称えて、チーム名にマツダの旧社名が由来の「東洋」を現在も残している
とありますね。

  • 回答者:匿名希望 (質問から22分後)
  • 2
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参考になり、満足しました。回答ありがとうございました。

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広島市民です。
確かに市民球団と言えば市民球団、親会社と言うか●会社のグループと言う事がないです。
じゃあだれが金を出しとるんじゃあと言えば、地元企業数社とファンの寄付って言う事になるんでしょうかね。
設立当初は広島県、広島市、呉市なんかも協力したようですが、市民税を投入するなんてバカな事はしていません。
だから資金が足りなくて、存続が危ぶまれた時に、選手が募金箱を持って募金を募ったなんて話も本当にありました。
確かにチーム名にマツダの旧社名(東洋工業)が入っているし、新球場の名前もマツダのキャッチコピーが入っていて、マツダが3億だか5億だか、結構な金額を出して、命名権を獲得していますし、球団社長も松田家ですしね、でもマツダのグループには入っていないんです。
だからどっかの新聞社系の球団みたいにオーナーが口を挟む事もほとんどなく、だからマツダからの支援も余り貰えないんです。

  • 回答者:匿名希望 (質問から7時間後)
  • 4
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参考になり、満足しました。回答ありがとうございました。

一部の熱烈な「赤ヘル・ファン」の寄付などにより運営されています。
 公金は投入されていません

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参考になりました。回答ありがとうございました。

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