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少なくとも小学校入学から数多くの同年齢の方を見ることになるはずですが、
何歳くらいから努力しても超えれない個人差がある(いくら頑張っても、友人より
足が速くならないとか)を感じましたか?

  • 質問者:同年齢
  • 質問日時:2008-12-12 06:44:34
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運動は第二次成長期で骨格がしっかりしてきたことと運動部の部活で白筋が増えて力は強くなりましたが持続力が落ちました。マラソンではいつもゴボウ抜きの走りで1,2を争っていたのが最後まで走るのすら大変になりました。パワートレーニング主体の部活は避けたほうがいいですね、自分の限界を早く知ってしまう。
学力は2年の2学期に「ドラゴン桜」を読んで行きたい大学が決まってから伸びました。いつも中間くらいだったのが3年2学期には30/350番台、大学を選ぶことができました。いま仲間たちを見ていてトップの大学に来る奴はやっぱり違うな、彼らに追いつくのは大変だと思っている。自分はスタートが遅すぎたと考えていましたが、これが個人差かな。

  • 回答者:こんなもんでしょう (質問から4時間後)
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とても参考になり、非常に満足しました。回答ありがとうございました。

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中学くらいからでした。
すごく勉強の出きる子がいて、ランクが違うと感じました。

  • 回答者:匿名希望 (質問から7時間後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

中学校から感じたと思います。

女ですが皆に成長期が訪れる頃なので結果が出た感がありましたので
私は背が低いし手足が短い、これ以上伸びない、
他の子は背も高いし手足も長いとコンプレックスを感じました。
小学校の頃は成長期が来てない子が居たのでそんなに感じませんでした。

足が速いとか学力に関しては普通だし普通で良いと思っていたので
敗北感をただ持たなかっただけなのか?
超えられないとか自分の限界なんて考えもしなかったけど
身長や手足の長さに関しては頑張ってもどうにもならないので・・・

  • 回答者:匿名ちゃん (質問から7時間後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

小さい頃から心臓関係で病弱だったので、運動に関しては小学生より以前から
感じていました。まあそれが私の普通だったんですけどね(;´Д`)

頭で言うなら高校くらいです。

  • 回答者:もやしっ子 (質問から6時間後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

小学生のときに感じました。
「顔」が明らかに人より小さくて、かわいい子がいました。
何をやっても小ささにはかなわない。
勉強で追い抜こうと努力しましたね。
その気概が必要ですよね。

  • 回答者:他人と比べて (質問から4時間後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

20歳ぐらいです。

それまでは運動も勉強も友達も
特段努力をしなくてもできる事が多かったので
それを当たり前と思っていましたが

20歳の時にある日突然
身体と心がガクっと病んでしまい

どうあがいても
周りの友人のように健康になれない事を実感しました。

  • 回答者:匿名希望 (質問から3時間後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

運動能力は、中学生の頃。
学力は、高校生の頃でした。
「努力すれば、なんとかなる。」等という言葉の虚しさは、長年感じてきました。
今は、「これが、私の限界。努力しても、どうにもならない。」という、現実を甘受しています。

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中学くらいですね。
私立に入ったのですが、努力しないでも天才的な同級生いたので衝撃を受けました。

  • 回答者:匿名 (質問から3時間後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

車校に行ったときですね
後から入ってきたやつが先に卒業してしまいずっと車校に通っている自分を惨めに思ったときです

  • 回答者:匿名希望 (質問から3時間後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

普通に何でもさらっとできて人に褒めてもらえたのは、運動なら10歳くらいまで。
思春期が近づいて、体が重くなりだした時、自分に向いてないと気づきました。
勉強は中学まではクラスでもトップにいたし、人からも頼られていましたが、
その成績で高校に行ったら、当然高校は色々な中学で同じ様にしていた人が
400人以上集まってきて、その中であっと言う間に真ん中というとてもあやふやな
場所に追いやられていき、自分の限界を悟りました。
本当に出来る人は常に自分の前を独走してました。

  • 回答者:どつぼ (質問から2時間後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

専門学校ですね。
「創造性」というものは、努力では補えないものと悟りました。
本当はデザイナーになりたくて、進んだ道でしたが、自分には才能がないと
思い知らされました。

才能のある人は1晩で100枚の課題に沿ったデザイン画をいとも簡単に書きます。
私など必至になっても30枚がやっとでした。
これではプロとしてやっていけません。
夢を追いかけることはすばらしい事ですが、周りと自分とを客観視する事も
大切なことだ学びました。

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参考になりました。回答ありがとうございました。

天性の才能のある人がいるのに気づいたのは
中学生ですね。
今でもテレビで見るタレントが同じクラスにいて
素質のアルナシって存在するな、と気付きました。

  • 回答者:匿名希望 (質問から46分後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

幼稚園の運動会から始まって、小学校低学年のころには、
私は走るのが遅いことを自覚できました(笑)
中学年で「逆上がりはできない」ことも自覚しました。
小学校高学年〜中学で、どんなにがんばっても私はかわいい
ほうじゃないということも自覚できました(寂)

  • 回答者:今でも逆上がりダメ (質問から28分後)
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参考になりました。回答ありがとうございました。

高校3年の試験勉強で、短時間で記憶してしまう友人に比べ、何倍も時間をかけて勉強してもかなわないという個人差をはっきり自覚した記憶があります。
17歳ですね。

漠然となら10歳ころ、かけっこの速さのちがいですね。

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参考になりました。回答ありがとうございました。

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