競馬思い出の名勝負を聞かせてください。 昨日の天皇賞は実にTVで見ていてもすごいレースでした。 長い写真判定の時間に現地で見ていたスプリンターズS(当時12月開催)でのフラワーパーク・エイシンワシントンの争いを思い出し、「これもあれぐらい際どいぞ」とひとりごちていました。 あなたの名勝負はなんですか?
私もがっこのせんせです。よろしく。 さて本題ですが・・・ 名勝負と言えばTTGを省くわけにはいきません。ただ、あまりに有名なので、ここで多くは語りません。同じく3強と言われたミスターシービー・シンボリルドルフ・カツラギエースの出た有馬記念が思い出に残ります。特に私はシービーのファンだったので、現役時代とうとう一度もルドルフに先着することがありませんでしたが後方からの一気差しが素晴らしかったです。他のページにも出しましたがヒシアマゾンの勝ったエリザベス女王杯、あのチョウカイキャロルとの壮絶な叩き合いは強烈でした。同じく、雌雄を決したナリタブライアンの有馬記念。ゴール後、ヒシアマゾン騎乗の中舘騎手が小さくガッツポーズをしていたのを当時現場で見ていました。結果の2着よりも改心の騎乗ができたことへの満足感が観客としてみていた私にも伝わりました。あの小さなガッツポーズに気づいた人はどれくらいいたのでしょうか?
ヒシアマゾン2着だから平成6年ですよね?中山にいたんですけど、気がつきませんでしたねぇ。ゴンドラからだから無理かな?いや、そんなことがあったんですね。いいお話しを聞かせていただきました。
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有馬記念での、『トウカイテイオー』奇跡の復活です。 なぜあの時、トウカイテイオーを外してしまったのか?今でも後悔しています。
これも他の方の意見にありましたね。あの状況でしたからトウカイテイオーを選択するのはなかなか難しいと思います。でも確か4番人気だったはずです。この馬に対する思いがそこに表れていたと思いますよ。
既に書かれてますが、オグリキャップの 「絶対届かない位置から差した」マイルCPと 「世界レコードの叩き合い」のジャパンカップの「連戦」 怪物の二つ名はダテじゃない・・・。 それと岩手県人としては非常に嬉しい 「メイセイオペラの地方所属のままフェブラリーステークス勝利」 でしょうか。 あの頃は中央ではまだダートを舐めてましたからね・・・。 スカッとしました。 ゴール時に思わずバンザイ。
メイセイオペラとアブクマポーロでしたか。同じような時期に活躍していたと記憶しております。どうしても芝のレースに偏りがちな状況があるのですが、ダートにももっと注目が集まっていい(アメリカではこっちが主流ですよね?)と思います。 同時に地方競馬の現状は何とかならないかとも。その運営のしくみのお粗末さに単なる集金袋かよ、とぼやきたくなりますね。
1993年のエリザベス女王杯のホクトベガですね。 2着にノースフライト、3着に牝馬三冠がかかっていたベガと今でも覚えています。 このレースはやっぱり「東の一等星、北斗のベガ、ベガはベガでもホクトベガ」の フレーズが忘れられませんね。
今思うとある意味で当然とも思える顔ぶれですが、あのときはやや意外なという感じで受け止められていたかもしれません。その後「砂の女王」と冠せられるまでになった彼女ではありますが、ドバイの悲劇は遺体の扱いも含めてやるせない気持ちにさせられたものです。
競馬で思い出のある馬名はテンポイントです。
今でもこの馬を語るには慎重にしなければいけないと聞いたことがあります。当時を知るいろいろな人たちの思いが重なり合っているので、時に感情が高ぶってしまうこともあるとか。没後かなりになるのに今でも語られる、そんな馬は今後出てくるでしょうか?
秋天、私も思わず声が出ました。TVの映像ではダイワの方が有利かと思ったのですが。 私の名勝負はたくさんありますが、今の気分で逃げと差しそれぞれ選ぶと 差しなら「ディープインパクトの若駒S」・・・このレースで届きそうも無い位置から直線だけで差しきったディープの潜在能力のすごさを実感しました。 逃げなら「サイレンススズカの金鯱賞」・・・まさにスピードの違いというものをまざまざと見せつけられたようなレースでした。 のどちらかでしょうか。
若駒Sですか!これは現場にいないと選べないレースですね。私はその映像を知りません。(レースの総集編を入手しないと無理ですね。)すごいと思わせるシーンを残さないと記憶に残らないのは当然ですが、その後の競走成績や関係者のコメントなどでさらにその馬の印象は強烈なものになっていくんでしょうね。
僕は有馬記念のダイユウサクとメジロマックイーンですね。 あのマックイーンを一気に交わした熊沢とダイユウサクのコンビは、びっくりしました。
このレースはびっくりものの代表になってますね。ただ時計はフロックで出るようなものではないように思うんですが……そういう印象がないですね。 このレースはまたいろいろな予想法の本で引き合いに出されたという印象もあります。
ぼくは普段TVでも競馬場でも声は出さないのですが、先日の天皇賞はよくわからん声が思わず出ました。 名勝負は、エルコンドルパサーvsモンジューの凱旋門賞です。あれは本当に惜しかった。 正直言って、あの2頭には、ディープインパクトでも(もちろんディープスカイでも)勝てないと思います(実際もっと弱そうなのに負けちゃいましたが・・・)。
あれは唐突に中継が決まったんでしたよね。 ヨーロッパ最高峰に最も近づいた瞬間でした。 その後さほど間をおかず本当に「飛んでいって」しまったのは残念なことです。
ジャパンカップのホーリックス、オグリキャップの死闘です。 2分22秒02は当時としては破格の時計でした。 この間の天皇賞もウオッカ、ダイワは全力を出しきって ゴール入線後はよれていましたが、 このときも最後は2頭とも足があがっていました。 それでも前を捉えようと懸命に首を伸ばすオグリの姿は 何度、ビデオで見ても感動します。 あっ、書いていて涙が出てきた。
この時計は今でもすごいと思いますよ。今はレコードが書き換わってしまったよう ですが、その反動があとからオグリキャップにきたのではと思っています。しばらく 前まで「有馬ではJC最先着は切り」という声があったのは、その国際レースならで はの消耗度を指していたのかとも思います。
まずはグラスvsスペシャルの有馬記念。 この2頭に最も迫ったオペラオーはたしかに次の年の覇者になりますが、杉本さんの「やっぱり最後はこの2頭!!」には激しく同感しました。 そしてジャンポケのダービー。 東京2400での無類の強さはもちろん、ウイニングランでの咆哮(私はそう解釈しています)は鳥肌ものでした。東京競馬場で勝負することが敵わなかったライバル・アグネスタキオンに強さを見せ付けたものだと思っています。
この有馬記念も複数の支持ですね。 ジャングルポケットのあれは「おぃおぃ、落とされるなよ」という感じでTVで見ておりました。(^^;
サイレンススズカが勝った1998年の毎日王冠ですね。 エルコンドルパサーらに影をも踏ませなかった逃亡劇は今でも強烈に覚えていますね。
お二人目ですね。 だから天皇賞はどういう勝ち方をするかという、そんなことしか頭にありませんでした。
名勝負はタイムや着差では計れないので、ドラマ性のあったTTGの有馬記念以外には思いつきませんが、叩き合いに見ごたえがあったという意味では1983年のアルゼンチン共和国杯です。 ミナガワマンナ、アンバーシャダイ、ホリスキーのハナ、ハナの争いは凄かったです。 着差で云々すればエルカーサリバーの勝った1993年のスポニチ金杯です。 成績表を確認してみてください。
貴重なご意見ありがとうございます。 アルゼンチン共和国杯の馬の名前は聞き覚えがあるのですが、レースを見た 場面があまりないのが残念です。 ホリスキーの菊花賞はTVで見ていました。居候先のおじが「マルゼンスキー の子なら強いよな」と言っていた記憶があります。
わたしは去年のウォツカの大進撃!あれは印象に残ってます。最終コーナーのところでの追い上げからの勝利、あれは見ていて気持ちよかったです。
昨年のダービーということでよろしいでしょうか? 私はTVの前で「わっ!本当に来ちゃった!」というのが正直なところでした。(^^;
秋天、見応えがある良いレースでしたね。 他の方も書かれていますが、 阪神大賞典の「ブライアンとトップガン」、マイルCSの「オグリとバンブーメモリー」は、 印象に残ってます。 マイルCSは、レースも当然ですが、南井のインタビューも印象に残ってます。 確か泣きながら、「馬のおかげです。僕は乗ってただけです。」と言ってた記憶が。
競馬は馬が走るだけではなく、その馬を走らせる人々の物語でもある。 なんて言ったら気取ってますでしょうか? でも、レース後のインタビューに騎手本人が泣いているだけじゃなくて、 「人を泣かせる」コメントも結構あるんですよね。
色々思い出がありますが、「オグリキャップ」が武豊騎乗で制した「有馬記念」がなかせてくれた。 それまでのレースが低迷していただけに印象に残ってます
大川慶次郎さんが思わず「ライアン!」ってやっちゃった時でしたか。 その年の総決算的な位置にあるのでいろいろな人の思いがこのレースに 重なり合うので記憶に残るのかなと思います。
絶対に 1977年の第22回有馬記念 です。 テンポイントとトウショウボーイに一騎打ち ・・・ 後のテンポイントの悲劇とともに忘れられません。 若い方はご存知ないかもしれませんけど、 史上最高のレースであったと思います。
レースそのものは後日競馬場の機械(何て言いましたでしょうか、ビデオを再生してくれるあの機械は)で見ました。なるほどみんなが語るだけのレースだ、とうなってしまいました。本当に相手しか見えていないかのようなレース……そんな場面が現在の競馬で再現できるとは思えません。そう言う意味でも最高のレースに値するでしょうね。
今回の天皇賞はホントに名勝負でしたねぇ。2頭同着でも良いような僅差でした(^^) 個人的名勝負は オグリキャップvsバンブーメモリー の 平成元年マイルCSにさせてもらいます。 直線抜け出すバンブーメモリー!!追込むオグリキャップ!! その時バンブーの騎手は武豊でしたねぇ・・・まさか後にオグリに騎乗しようとは。 当時は中学生で馬券も買えず、まだレースを「純粋」に楽しんでました(笑)
実はオグリキャップが走っていた頃が一番競馬に疎かった時期なんです。 時代を感じ損ねたという意味ではもったいないなぁ、と思いますね。
トゥザビクトリーが勝った2001年のエリザベス女王杯です。 1着~5着まではトゥザビクトリー・ローズバド・ティコティコタック・レディパステル・テイエムオーシャンで、その差はハナ・ハナ・クビ・クビ。 これまで先行策でいまいち勝ちきれなかったトゥザビクトリーが素晴らしい差しを見せたのが印象的でした。
ありましたねぇ、そんな一気になだれ込んできたレースが。 所帯を持って競馬場へ出かけることが難しくなってしまった状況でTVだけが 楽しみというのがずっと続いていますが、現地で見ていたらもっと訳がわから ないことになっていたんでしょうね。
サイレンススズカが勝った毎日王冠です。 当時無敗の外国産3歳馬、グラスワンダーと エルコンドルパサーが出走していて、 最強馬決定戦の意味合いがありました。 あの頃外国産馬には天皇賞・秋への 出走権がなく、直接対決はここしかなかった。 あの観る者をも圧倒するような逃げがサイレンススズカのスタイル。 3歳の2騎がどう挑むのか?本当に楽しめたレースでした。
あれから10年になってしまいました。 好きな1頭でした。 このレースは藤沢師が「うちの(タイキシャトル)も走らせたかった」と言ったとかいう 話を小耳に挟んだのですが……真偽の程はわかりません。ただ、それが現実味のある 話に思えるほどこの毎日王冠はレース前から期待されていたと断言できます。
1番思い出深いのは1993年にトウカイテイオーが勝った有馬記念です。 1年ぶりの復帰で本命馬ビワハヤヒデとの最後の叩き合いで制したときには 鳥肌がたつほど感動しました。
TVで見ていました。帽子の色に気を取られてベガかと思ったら勝負服が違ったんで 「な、なんだっけ?」と動揺したことを覚えています。結果的にこれがラストレースになっ てしまいましたが。
私は1996年の阪神大賞典のナリタブライアンとマヤノトップガンの対決が名勝負であったと思います。あの凄まじい200メートル以上にわたる2頭での叩きあいはゴールするまでは、どちらが勝つかがわからなかったです。GⅡですけど、あのレースは記憶に残っています。
他の方もこのレースを上げていますね。それだけ印象が強いんですね。
私は第44回阪神大賞典のナリタブライアンVSマヤノトップガンです。 3着以下に大差をつけ、壮絶な叩き合い。 ゾクゾクしましたね。 下の方に書かれてますがスペシャルウィークVSグラスワンダーも凄かったし、 昨日の天皇賞も「同着にしてあげて!」と思ったくらい凄かったですが、 現地にいたって事でG1ではないですが阪神大賞典にします。
この日は中山にいました。中継での観戦でしたが、こちらでもすごかったですよ。
グラスワンダーとスペシャルウィークの有馬記念。 ゴールを過ぎて武がガッツポーズしましたが、写真判定の結果グラスワンダー 凄かったです。ちなみにその時の3着がテイエムオペラオー。このあとG1 勝ちまくりました。 この2頭は本当に強かったと思います。
この世代はあとセイウンスカイとエルコンドルパサーがいましたね。こんな贅沢な世代はそうそうありませんね。その分スペシャルウィークは損な役回りになってしまっていた感じがします。
春の天皇賞での「ライスシャワー」と「メジロマックイーン」の戦いは、 見ていて鳥肌がたちました。 本物のステイヤーの一騎打ちは見応えがありました。
これは現地での観戦でしょうか? 今こういうタイプの馬はなかなか脚光を浴びにくくなってしまいましたね。
有馬記念のグラスワンダーとスペシャルウィークの叩きあい。 本当どっちが勝ったかわからない名勝負でした。
確かレース直後の武・的場両騎手の表情は最終結果と逆だったんですよね。こういうことも珍しいと思います。
私の名勝負。 3強と言われた菊花賞ですね。 皐月をナリタタイシン、ダービーをウイニングチケットがとり菊花賞。 最後の一冠を意地でビワハヤヒデが獲ったレースが好きですね。 この3頭はいいライバル関係にあって本当にいつもいいレースを見せてくれました。
ちょうどこの年あたりから本格的に競馬にかかわるようになりました。翌年ビワハヤヒデが抜けたような形になりましたが、3頭とも脚を痛めてしまった形での引退は残念でした。
タケホープとハイセイコーの戦いですね。私はタケホープファンでした。
これは古くからのファンの方ですね。名前だけはわかるんですが、レースの記憶はありません。ただ、騎手のプライドがぶつかりあった対決でもあったようですね。
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