インドにあった時点にして仏教は、土着の宗教と影響しあって変化していたといいます。そのへんは『シンクレティズム』で検索してみてください。疑問が少し解決すると思います。
ついで中国での仏教ですが、伝来した仏教経典の中には偽経もありますし、言葉が違いますから伝来や写経の段階で全く意味をたがえてしまったものもあります。さらに言えば昔の偉いお坊さんが夢とか修行の果ての忘我の淵とかで独自に見出したり、仏が降りてきたと思い込んで書いたものもあるので(それってぶっちゃけ『でっちあげ』なんじゃないかと不信心な私などは思うわけですが)、相互に矛盾をはらむ原因はこのあたりにもあるかなと思います。インドから伝わった経典ばかりがお経として扱われているのではなく、中国で全く新しく生まれたものもあるんです。(それらも『仏教』に含まれているからよけいややこしいです。)
そして日本に伝わったら伝わったで権威や土着の文化が絡んでさらに変化して……後は既出の通りですから控えます。
質問者さんは『スッタニパータ』あたりを読まれたのでしょうか? であれば金銭が絡む側面に疑問を抱かれるのもわかるように思います。仏教は多様な文化を飲み込みながら絶えず変質し、だからこそ現在まで存続してきました。私はインド仏教(しいて言えば特に仏陀の言葉)と日本に伝わった仏教を同一視していません。
- 回答者:respondent (質問から13時間後)
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