地元の教育関係者です。この事件をずっと見守っていました。
過去のいじめと自殺の因果関係を法が認めた非常に価値ある判決で、今後のいじめ対策等教育行政に与える影響も大きい。裁判所にそう認めさせた背景には、それだけの「証拠」が積み上げられていたはずで、ご遺族は体調を崩しながら裁判を闘われとのこと。お母さんに「勝訴して良かったですね」心からそうお伝えしたいです。
5月24日の地元中日新聞朝刊一面コラムには「四年後の自殺との因果関係を訴え続けてきた原告の母親の思いが実った形」と記されましたが、全く同感です。
判決は「学校側が単なるいたずらと認識していたのであれば、いじめ問題に対する認識と対応の不十分さを示すものでしかない」と指摘し、生徒らの行為を「耐え難い精神的苦痛を与え、心身に異常を生じさせるのに十分な違法行為だった」と認定。
以下、すべて新聞やテレビの報道で明かにされた事柄ですが、2009年の提訴前から、いじめの内容も市邨中学や経営母体の市邨学園の対応の酷さも、闘病生活のすさまじさも、朝日、毎日、中日、新聞各社にいくつもの記事が出ていました。すべての記事に目を通していると思います。一面トップで報道したのが毎日で、生徒もその親も学校も自分達に厳しい社会の批判があったことは十分分かっていたはずです。それでも最後までいじめを認めなかったのは、学校と生徒が強固に連携し「死人に口なし」にしていじめを握りつぶそうと考えたのでしょう。
遺族は在学中から市邨あていじめについて何度も訴えていて、美桜子さんは市邨中学1年修了とともに地元の中学に転校。 転校後にPTSD症状を発症し、地元の中学からフリースクールに転所、最後に在籍したのは帰国子女や外国生の子供(美桜子さんはハーフです)のみを受け入れる国際学校。亡くなるまで不登校状態が続いたようです。ご家族や友人らに愛されていたようで「まま大好きだよ、みんな大好きだよ、愛してる、こんなヤツと友達でいてくれてありがとう、美桜子の最後のわがままをきいてね、くるしいの、」という遺書が残っています。なお、美桜子さんの主治医は児童精神科の専門医で、「美桜子さんの自死の原因は市邨中学のいじめ後遺症」と断言。
遺族のお母さんは教員をされていて、教育者の立場から加害生徒の更生を考えていたのでしょう、「謝罪の言葉さえ聞かれていたなら生徒たちを訴えるようなことはなかった」、5月21日の中日新聞社会面1面記事は遺族の無念を伝える記事になっていました。美桜子さんが亡くなった後も、提訴の時効寸前まで生徒側と話合いでの解決を望んでいたようで、生徒3名と面談した際の録音テープも証拠として提出。和解に応じたのは、その後に生徒らの証人尋問が控えていて「被告の立場をはずれれば謝罪の言葉が聞かれるかもしれない」、最後の望みを託したとのこと。和解の内容は極秘のはずなので、表に出ませんが、遺族が和解を決意するには相当の葛藤があったと推察します。証人尋問でいじめを否認しただけじゃなく、(提訴前のお母さんとの面談時に)いじめを認めたのはつきまとわれるのが嫌だったから」等の発言まであったようで、これって和解時の取り決めに違反してるんじゃないでしょうか。一体どういう間違った育て方をすればこういう人間が出来上がるのか?(加害生徒らは今年22歳の大人です)。
裁判所が生徒らの行為を「耐え難い精神的苦痛を与え、心身に異常を生じさせるのに十分な違法行為だった」と認定し、本当に良かったです。
- 回答者:いじめは許しません (質問から3日後)
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